うつりゆくこそことばなれ

「ぐっちー」さんが急逝されてほぼ一年が経ちました。私は2005年秋ごろから彼のブログの読者で、彼のおかげで2008年9月のリーマン・ブラザーズ破綻の2-3年前からサブプライムローンのリスクを知ることができました。逝去される前の数年間、何度か彼の写真を見る機会がありましたが、病的なやせ方でした。同様の印象を持たれた方は多かったようで、彼自身はそういう指摘をブログで完全否定されておりましたが、逝去の報を聞いた時には「やはりそうであったか」と思わざるを得ませんでした。彼のブログのプロフィール欄を見ると1960年生まれ、私と全く同じです。金融と商社の両方を経験させているという意味でも、同じです(到達点はだいぶ私の方が劣りますが…)。

 

一年が経ちましたので、思うところを述べても良いころ合いだと思います。彼が亡くなる直前の数か月前のことだったと思います。彼のブログ(The Gucci Post)のコメント欄の常連さんのひとりが、ぐっちーさんが激しくやりあってました。最後はグッチーさんが攻撃的なトーンでその常連さんを罵り、挙句の果てには編集長権限で彼をブログから出入り禁止にしてしまったのです。

 

問題となった話題は、カフェの掲示版の言葉遣いでした。ぐっちーさんは、「言葉が乱れている、ケシカラン!」とこの掲示板にあった「間違った」表現をこき下ろしたのに対し、常連さんが「とくに嫌な感じはしないし、面白い表現」と返したのです。ところが、それに対してぐっちーさんは支離滅裂な議論で反論し、そうするとその常連さんはもう少し踏み込んだ形で、「ことばは変わるもの、ことばは規範からはみ出すことで豊かになる」とやんわりとたしなめたのです。社会言語学の素養がありそうな、なさそうな、でもまぎれもなくまっとうな議論です。一方、ぐっちーさんの議論は、議論にもなっておらず、意地悪な言い方をすれば、金融関連の記事では、よい意味でラディカルで、リベラルな彼が、言葉遣いに関しては頑迷な保守の顔をさらけ出したのです。私にとっても、これはちょっとした驚きで、そのままこのブログをひっそりとブックマークから外したのでした。

 

あれから、一年。ずいぶん昔の話のようにも思えます。

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