「密やかな結晶」小川洋子(講談社文庫)

文章にフリルが多すぎる、それらのひとつひとつの表現はとても美しいのだけれども。

「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」に似てるかも。

そんなことはさておき、

私自身の記憶は、「真っ暗な台所と真っ赤な竈門の火」まで遡ることができる。多分私はその時泣いていたと思う。早朝でご飯を炊くため、一緒に寝ていた祖母がいなくなったのに気付いて、台所まで歩いて行って泣いていたのだ。これが私の最も古い記憶で、それ以前の記憶はない。この辿ることのできる記憶の前に私の身に起こったことは私にとっては存在しないのも同然。仮にその間にひどい病気をしたとしても、私にとってはそんなことは無かったとも言えるし、死んでしまったとしたら、私はそもそも存在していなかったと同じことなのだ。ただ周囲の人々の間に記憶として残っている限り存在しているに過ぎない。いや、人々の記憶に残っていることそのものが存在するということの本質かもしれない。そんなことを考えさせてくれる小説である。

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